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大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)941号 判決

富士銀行

事実

原告は、金額金二〇〇、〇〇〇円、振出日昭和二八年一月三〇日、満期同年三月三一日、支払地及び振出地共に大阪市、支払場所株式会社富士銀行上六支店、振出人ダイワ工業株式会社代表取締役被告、名宛人三金株式会社、白地裏書三金株式会社代表取締役市原達也なる約束手形一通の所持人であるが、これを右満期に右支払場所に於て支払のため呈示したところ、その支払いを拒絶された。

ところで、本件手形の振出人たるダイワ工業株式会社(以下ダいワ工業という)は、本件手形振出の当時は勿論、現在も、その設立登記なく、実際存在しない会社である。従つて、右会社代表取締役の肩書を附して本件手形を振出した被告個人に於て本件手形上の義務を負担しているというべきであるから、原告は被告に対し、本件手形金二〇〇、〇〇〇円及びこれに対する満期の翌日たる昭和二八年四月一日より右完済に至るまで、年六分の割合の損害金の支払いを求めるため、本訴に及んだ。

理由

原告の主張する請求原因事実中、本件手形の振出人となつているダイワ工業が、本件手形振出当時は勿論、現在も、その設立登記を欠き、実際上、存在しない会社であることは当事者間に争いがない。

そこで、先ず、被告がダイワ工業代表取締役なる肩書を附して本件手形を振出したか否かについて判断するに、証拠によれば、次の事実を認めることができる。即ち、被告は、株式会社大和製作所の代表(以下、大和製作所という)取締役をしていたが、昭和二七年一二月末頃、右会社の商号を「ダイワ工業」に変更しようとして、その手続一切を同社顧問計理士中村敏一に委託すると共に、将来の商号変更を見越して「ダイワ工業」関係の印鑑を作成し、かつ手形金支払担当者委託等の関係に於ける大和製作所と株式会社富士銀行上六支店との当座取引もダイワ工業名義でなしていたところ、被告の知人として、一時的好意的に同社の仕事を手伝つていた訴外本田が、被告に無断で、前記ダイワ工業関係の印鑑及び被告名義の印鑑を持ち出し、何等約束手形振出の権限ないしは、被告を代理して一定の法律行為をする権限を有しないに拘らず、擅に右印鑑等を約束手形用紙の相当欄に冒捺して、富士銀行上六支店を支払場所ダイワ工業代表取締役中谷正一を振出人名義とする約束手形を多数振出しているのを発見したので、直ちに前記商号変更手続を中止すると共に、昭和二八年一月二五日、富士銀行との前記銀行取引も解消し、訴外本田に対して、同人が擅に振出した約束手形の回収及び前記印鑑等の返還を要求し、種々交渉したが、その目的を達しなかつたこと。

以上の事実と本件手形の記載とを綜合審案すれば、本件手形は、訴外本田が何等の権限なくして同訴外人自身の利益のために振出したもの、即ち同人の偽造にかかる約束手形のうちの一部であると認めることができる。してみると、被偽造者である被告は、何等、本件手形上の義務を負うことはないというべきであり、従つて又、その義務の不履行による損害賠償義務をも負うことのないのは当然のことである。

(なお訴外本田が、或る一定の分野に於て、大和製作所又はその代表取締役である被告を代理すべき何等の権限をも有しない、全くの無権限者であることは、前記認定のとおりであり、又、被告が訴外本田は、自己又は、大和製作所を代理すべき何等の権限を授与した旨を表示したことについての何等の主張、立証もない本件に於ては、同訴外人の本件手形行為につき、原告が、表見代理の成立を主張し得る余地は全然存しないであろう。)

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